2015年2月8日日曜日

ゼロ・グラビティ

突然遡って去年観た映画を紹介する。

 映画初心者の俺が、映画に慣れるべく興味の度合いと、なにより上映時間を基準にして選択したのが当時話題だったゼロ・グラビティだった。あんまり深いテーマも無さそうだったし、とにかく映像に浸る映画なのかな、と思って観に行ったのだけど。

 まあ確かに、この映画の観るべきところは映像だった。そりゃね、後に色々、その筋のプロからは突っ込みが入っていたようだけど、それはいいじゃない。映画なんだから、映像的に「魅せる」為にはある程度のリアリティや考証は犠牲にされて当然だ。リアルな映像を作った結果退屈な内容になったら何の意味も無いのが「映画」であってそれはドキュメンタリーにも適用されると思っている。リアルだけ求めたければ一生ニュースだけ見てなさい(こればっかりだな)。

 例によって例のごとく閑話休題。まあ俺のブログそのものが閑話という話もあるがそれは置いておこう。

 CGにしたってどうやって撮ったんだコレ、みたいな映像が続出する凄い映像には勿論息を呑む。特に3Dだと凄過ぎて、ああこれは90分が限界だな、と思わされた。疲れちゃうんだよ。コレで120分以上見せられたらぐったりしてしまう。スペースデブリがこっちに飛んでくるシーンとか、恥ずかしながら一瞬目ぇつぶったしな(笑)まあコレは、パシリムやゴジラ以上に3Dで正解だった。IMAXで観たらもっと凄かっただろうな、って思うけどね。自分が宇宙空間に存在する目線になったのかな?

 決してストーリーが無い映画ではない。というか、予想以上に深い内容だったと思う。散々言われる「ゼロ」じゃなくて「グラビティ」(原題:Gravity)なのだ、という話は置くとしても。

ライアンとマットが助け合って生還して、その過程で愛が芽生えて……的なストーリーが一般的に期待されるそれだろうし、実際前半ではそういう展開を想起させる流れが出来ていく。が、マットは中盤で、ライアンを助けるための犠牲となる。マットの死は描写されず、というか恐らく劇中の時間レベルでは彼は宇宙に放り出されたまま生き続けていることが予想され、その孤独かつじわじわ迫る酸欠による死を想像するだけでもこっちは辛い気持ちになる。デブリに顔面を貫かれて(死体とその扱いの描写がリアルかつクールでしかも怖い)即死したもう一人のクルーの方がある意味では幸せだったのかもなあ、などと思ってしまうのも人情というもの。

 ライアンはマットを失って、その後も数々のトラブルに見舞われて自暴自棄になったりもするのだけど、地球の一般人による無線通信(言語さえ通じない)と、酸欠状態で見たマットの幻影との対話を経て「生きる」ということを見直すようになる。「亡くした娘と再会する」「マットを失って一人で帰還する意味は?」というレベルを超えて、「生きるために一人で帰還する」という意識へ。

 これを社会の荒波を乗り越えて一人で生きていく女性の姿を描いた、と言ってしまうと短絡的で陳腐過ぎるんだけど、ってーか言いたいニュアンスは全然違って。色々なものを失って、心を通じ合わせかけたマットさえ失ったにもかかわらず最後に「最高の旅だった」というのは奥が深すぎる。誰かの為でもない、誰かと共にでもない、自分が自分の為に一人で生きることに喜びを感じている。一人で生きることに対する決意と希望、喜び。所謂「自立した女性」的なアレとは違うんだよ。うん、なんていうかなー、難しいけど。通じて欲しいな。

不機嫌なママにメルシィ!

 前日に重量感のある(思ったより重くは無かったけど)「ニンフォマニアック」を観て、翌日に「映画の日」を利用して軽めの「365日のシンプルライフ」と「不機嫌なママにメルシィ」を観ると言う流れはなかなか良かった。個人的に少し気持ちに重いものを抱えてる時期だったから、僅かに軽減させる効果もあったしね。

 主演、監督、脚本のギヨーム・ガリエンヌの自伝的内容。幼少のころから(おそらく成人して)恋人と出会い結婚を決意するまでを描く。ガリエンヌは母親と自分自身を二役で演じる、というところは基礎知識。元々舞台だったものを映画化したもので、随所に(狂言回し的に)舞台のシーンも登場する。

 たまたま前日観たニンフォマニアックも、主人公の幼少時から現在まで登場し、また、シャルロット・ゲンズブール(71年生)とガリエンヌ(72年生)が同年代(ついでに言えば、俺も)なんだけど、ニンフォマニアックの方が主人公を子役、若いころ、現在の3人で演じてるのに対し、こっちはコメディというコトもあり幼少時から全てガリエンヌ自身が演じる。だから40のおっさんが高校生くらいの子供に、高校生役で混じることになり、女性を演じるよりこっちの方がインパクトが強い、ってのが変な面白さ。女性役は上手過ぎて違和感無いんだよ。

 舞台のシーンは現在の「男性」であるガリエンヌ、加えて「女性」の母親役と、「なよなよした男の子」である若いころの自身、という演じ分けが凄い。 劇中にも、母親や他の女性のたち振る舞いを観察して、徹底的に真似したという描写があるけど、あれは恐らく本当なんだろうな。だから彼が演じる母親は、「男性俳優が演じる女性」というギャグではなくて、「母親=女性」として登場する。だから母親はオカマには見えない。だったら何故普通に女性に演じさせなかったのかというと、少なくとも幼少時のガリエンヌは母親の「移し身」として存在していて、その描写として母と自分は同一人物が演じる必要があった。それは母が潜在的に望んだことであり、ガリエンヌがそれに無意識的に応えようとした結果であることが解る終盤のシーンの後、舞台のシーンに戻るとガリエンヌの独演を見守る母親役が「本物の女性(もしかして、本当に母親か?)」になっていることではっきりする。

 ネットで見た評のひとつに「最後ゲイじゃなくて良かったという結論として描かれている」とあったんだけど、それは違うんじゃないか、と思った。まず、ガリエンヌ自身は自分のことをゲイだと思ってはいなかった、というところが重要。この辺は結構複雑なんだけど。

 ガリエンヌの自己認識は「自分は女の子であって、大好きな母親みたいになりたい」というところから始まっている。とはいえ、自身が肉体的に男性であることも理解はしている。しかし、所謂GIDとも違って、肉体と精神のギャップに悩んでいるというより「自分が女の子らしいと母親が喜ぶ」という認識から、半ば無意識にそうたち振舞っている。

 序盤、フラメンコの自分の踊りが女性の踊り方だと指摘されるシーンで「女の子に見えるならママが喜ぶ」って言うんだけど、実はこのセリフがラストで重要になってくるのね。前述したとおり、ラストで「自分を手放したくなかった+女の子が欲しかった母親の溺愛が自分をこう育て、自分もそれに応えようとした」と解るシーンに直結するセリフなんだな。

 そこの思い込みの強さが「女の子であろうと言う意思によって女の子でいる男性」というポジションを作りだす。若いころのガリエンヌは男性に恋するんだけど、それは「自分は女の子だから男の子に恋する」というある種のパターン認識である節が強い。だから、同級生に「オカマ」と呼ばれるのは否定するんだけど、母親に「ゲイだ」と言われてしまうと急にハッテン場に出かけてみたり、カウンセリングを受けたりする。それは「ママが言うならゲイなのかもしれない」という想いと「ママが欲しかったのはゲイではなくて女の子である僕」という思いが交錯したものだったんじゃないかと思う。
 
 だから、最後に彼が喜んでいるのは決して「ゲイでなくてストレートである僕」ではなくて「自分の本来の姿を見出したこと」に対するものなのね。だから逆に、色々あって自分がゲイであることがはっきりしていたとしたらそれはそれで堂々と母親に宣言して、それを喜ぶラストになってた筈なんだよ。「自分探し」って言い方をすると陳腐になっちゃうんだけど。

SHIFT~恋よりも強いミカタ

 都内でレイトショーは敷居が高い。ついでがあったので何とか観れたけど、しかし21時過ぎからの回で1800円なのかよシネマカリテ。まあ良い。観たい映画には金を払うものであろう。ん?俺ってそんな意識持っていたっけな?

 余談はともかく、モテないことには定評があり、しかも高校時代からずっとなんだけど惚れて告白して振られた女の子と仲良くなってしまうという楽しいながらも難儀な特性を持つ俺にとってはなんとなく観ておくべきなんじゃないか、という気がしたのだ。

 主人公のエステラはライヴハウスで歌うシンガーソングライターで、アマチュアの写真家で、文章も書き、委託業者でどうやら非正規雇用。映画のストーリーは、仕事でパートナーになったゲイの男性と友情を深めてるうちに彼に恋心を抱くようになり……というもの。ライヴハウスに出たりするドラマーであり、アマチュアレベルにも達さないものの絵を描き、非正規雇用の派遣社員で、しかも上記のような性質を持つ俺としては、性別は違うけどなんとなくこの子に共感するのではないかな、と思ったわけだね。

 フィリピンっていう国の制度が同性愛者にとって暮らしやすいものになっているのかどうかは知らない(*)。主人公が勤める会社の、(少なくとも)彼女の所属するチームはリーダーからしてゲイで、他のメンバーにも複数の同性愛者がいて、それを他の仲間も普通に受け入れている描写。映画の中では同性愛は終始普通のこととして描かれ、決して「セクシャルマイノリティ」として描写していないことが印象的だった。社内だけでなく、外でもオープンだし、他者もそれに干渉したり、奇異の目で見る描写は無い。

 主人公が惹かれてしまう相手、トレヴァーは交際相手もいるゲイ。ただ、相手とは上手くいっていない。トレヴァーはエステラをあくまで親しい友人としてしか見ない。ただ、親しいのレベルが高いから惚れちゃってる側からすると解っていてもデート気分で浮かれるんだよね。で、ところどころで現実が垣間見えると軽く落ち込んだりも、する。それは痛いほどわかる。

 ただ、エステラはそのストレスに耐えきれないんだな。割り切って友人としてつきあって「恋人になれないのは残念だけどまあ、コレはコレで楽しいからいいかぁ」って心境に持って行くにはまだまだ若い。俺自身は能天気な部分も多いからコレで乗り切っちゃうし(若いころからだけどね、俺は)、その楽しさを享受できる。だから観ていて「ああ、そこがストレスになっちゃうんだよなあ」とは思ったんだけど、まあ俺の場合同性愛者に惚れたコトは無いから、その壁は解らないんだよな。

 それで、エステラが冷たく当たるようになってトレヴァーは理解できなくて、メールにも返事貰えないことに対しこっちも困惑しまくって、不安でぐちゃぐちゃになって、まあ、俺もこっちの気分もよ〜く解るんだけど(笑)、だとしてもトレヴァーは別にエステラに恋してしまったわけではなく、大切な友達の態度が変わってしまったことに困惑しているだけなんだよね。ただこの辺の描写がちょっとトレヴァーの気持ちがエステラへの恋に動いてしまっているように見えて、観てる側としては「それじゃあ台無しだろう」って思ったんだけど。まあ、ラストまで観ると違うと解る。ちょっと描き方がなー、って部分かな。

 余談だけど、連絡付かない不安で死にそうになってるときの表情と、さらっとメールが届いた時の安堵の表情、自分と完全一致していて笑った。

 終盤、一旦お互いのスタンスに納得したように見えたエステラが結局「友達じゃ嫌だ」になってしまう流れは残念。そしてラスト、転職先の面接に貼りついたような作り笑いで挑むエステラ。「五年後の自分は?」との質問に絶句したままエンドロール。

 この手の映画は若者の内面の(ちょっとした)成長を描くものが多い印象だけど、この終盤の流れからエステラの成長は見て取れなかった。結局どこにも進んでないし、何も理解してないエステラ。フランシスやジルミルやイーダのように、ちょっと(または大きく)前に進んだエステラの姿はそこからは見えない。五年後も満足のいかない職場で、不毛な恋をしていそうだな、っていう……

*…ちょっと調べたらフィリピンには同性愛者が多いというのは事実のようだった。ただ、カトリック教国であるが故に制度と社会の状況は必ずしも一致していない模様。「そして同性愛者の方は、そうした芸術面だけでなく、コールセンターで働く多くの人達もおり」という一文が目を引く。

2015年2月7日土曜日

DISCO1990への道

 そもそものことの始まりは……と言えるほど切っ掛けは覚えていない。ただ、ある時期から漠然と「90'sイベントを俺主宰で立ち上げよう」という気持ちは持っていた。おそらくは「91年病再発」の時期からじわじわと。

 病気再発の切っ掛けは何度も書いているが11年のソニックマニアだった。奇しくも(ってコトもねえか)91年から丁度20年。Primal ScreamScreamadelica再現ライヴをやるというので観に行ったのだけど、それ以上にその後の自分に影響を与えたのが808 StateDJだった。ここでの多幸感が現在まで繋がっている。

 それ以降、Jesus Jones、大磯ハシエンダでの808のライヴ(残念ながらHappy Mondaysは来日中止だった)、13年ソニックマニアのStone Rosesと国際フォーラムのMy Bloody Valentine……

 加えて、この頃から渋谷RootsのLantern(テクノのイベント)に毎回顔を出す(DJでなく、客としてね)ようになったり、高円寺グリーンアップルでやってるフリーDJイベント(別名音楽愛好会)サウンドアップルで自分でもレコードを回すようになって、徐々に「俺が楽しいイベントをやりたい」という気持ちが強まっていった。

 元々はLanternで知り合った人を中心に、同世代で固める方針でDJを集めようと思っていたのだけど、いかんせん俺には行動力もノウハウもない。顔も広くない。どうしたもんかな、と思ったまま2年近くがダラダラ過ぎた。ってコトはやっぱ12年頃から考えてたんだな。

 ここまで全部前置き。ものごとはある日急激に動き出す。14年の末、高円寺グリーンアップルでやっていたイベント「マンテナイト80'sスペシャル Vol.2」、ここから全ては始まった。

 このイベントは俺も(比較的ちゃんと)DJとして呼ばれていたんだけど、自分の出番を終えてフロアで踊っていた。ちょうどCureがかかっていたときかな?なんか盛り上がっていたら隣で踊っていた女性に話しかけられた。出番前にも少しだけ会話した人だ。

 「普段はどういうのかけてるんですか?」「90年代あたりがメインですね」「えっ!実は90'sイベントをやりたいと思っていたんですけど……」「ええっ!実は俺も全く同じこと考えてて……シンカイさーん!!」あっという間に話は盛り上がり、場は80'sサウンドだが心は10年先に飛んでいた俺たちだ。この女性こそDJ pulp、場馴れして人脈もハコとのパイプも充分に持った人物との出会いが俺の野望を一気に加速する。というより、加速した勢いで彼女の野望に乗っかって更にもう二人(Shink@i & Kico)巻き込んで暴走を開始した、という表現の方が近い。

 その夜はイベント終了後も90's音楽に強い高円寺のバーOctoverからの8090's縛りカラオケという「アフターパーティ」が朝まで続き、初対面のpulpとも3人ともあっという間に仲良くなり、イベント開催に向けて動き出す。

 さて、年も明けて15年、いや、もはや俺の感覚では1991年と言ってもいいし、pulpの感覚では1995年かもしれない。ともあれ、新年を迎え企画は更に具体化する。フルメンバーでの打ち合わせの前に発起人チームと言うコトで(?)俺とpulpで色々話し合ったのだけど、その時に「2月には開催したい」との意向を聞いて驚く。俺は「春にはスタートできるかな」と長い目で見ていたのだけど、彼女は思った以上に動きが早かった。心の準備が……とか言う気持ちより楽しみな想いの方が強い。俺は早くできるならそれに越したことは無い。ほどなくSink@iKicoからのGoサインが出て、2月開催で調整を開始する。

 善は急げ、とは言ってもここまで決まったのが既に1月半ば。すぐに会場(渋谷Edge End)を押さえたところ日取りは2/21に決定。早速イベント名の検討にとりかかる。Lipgloss, 8 Legged Groove Machine、元祖Wake Up Boo伝説、(Brit)Pop is Deadなどの案が出たが、最終的にはpulpが上京前にやっていたイベント名DISCO2000を引き継ぎ、Kico案で時代感をプラスしたDISCO1990に決定。すぐに俺はフライヤーのデザインに取り掛かり、全員の承認を得て情報解禁出来たのが1/27深夜というなかなかの突貫工事ぶり。イベントまで4週間を切っている。

 ともあれ、無事イベントはスタートを切ることができそうだ。あとは全員が健康に当日を迎えるだけ。そんなわけで……

 2015/2/21() 18:0022:00
 チャージ¥800 w/1 drink
 DJ
 pulp
 Doka
 Kico
 Shink@i


 ベタベタの90'sヒットが堪能できる夜になるでしょう。皆さんぜひ来てくださいな。楽しいよ。

2014年11月20日木曜日

T.Rex

 何度も強調しているけど、俺はバンドとしてのT.レックスが好きなのであって、マーク・ボランのファンというわけではない。勿論マークは大好きだけど、世間一般のイメージ、つまりT.レックス=マーク・ボランとは捉えていない。あくまで俺はバンドが好きなのだ。時代によって2〜5人編成になるけど、マーク以外のメンバーは決してサポートではなくて、彼らはバンドだったと思っている。勿論、俺が一番好きなのは黄金期の4人。マーク、ミッキー・フィン、スティーヴ・カーリー、ビル・リジェンドの時代だ。


 ミッキーは、スティーヴ・ぺリグリン・トゥックの後任としてティラノサウルス・レックスに加入。多彩なマルチプレイヤーだったトゥックと違って、基本的には絵描きであり、パーカッションプレイヤーでさえもなかった。トゥックの後任だから初期の写真などではパーカッション以外にもドラムやベースを演奏しているものもあるけど、勿論パーカッション以上に素人。論外、というレベルの演奏をしているところはBBCセッションの音源などで少し聴くことが出来る。

 彼はいったいバンドに於いて何をしていたのか。メイン楽器であるコンガは賑やかしレベルでぼこぼこ打ち鳴らすだけ。ヒール&トゥとかオープン、クローズとか、基本的奏法を学んだりもしてないんじゃないかな。スラップっぽいての動きを時折見かけるけど、サウンドはオープンとあまり変わらない。いや、あんまり音量上げてもらえないからそんなちゃんと聴きとれないのも事実だけど。

 そう、彼の音はフィーチャーされない。ステージでは基本的に全曲で芸の無いプレイを聴かせているが、会場によってまちまちであるものの総じて音量は低めのミックスだ。時々コーラスもしているけどちゃんとハモっていう気配も無いし、こちらも(スティーヴ・カーリー共々)音は小さめだ。そして、スタジオ盤ではもっと悲惨で、全くミッキーの音が聞こえない楽曲がしばしば、いや、むしろ大半だと言ってもいい。特に後期に於いてレコーディングはされたがミックスで消されたり、ほかのプレイヤーの(まともな)演奏に差し替えられたりもしたという。

 それでもミッキーはT.レックスのナンバー2であり、マークのパートナーだった。彼の存在感はマーク以上に「グラムロック」を体現していたし、何もしない、ある意味お荷物でさえもあったがマークの精神的支えの一人でもあった(その辺の具体例を示す資料は少ないが、「そうだった」という証言はしばしば聞く)。Zink Alloy〜Zip Gunの時期、マークの迷走とミッキーの不調→脱退が重なるのは偶然ではないのかもしれない。そして、同時期に表れたグロリア・ジョーンズがミッキーに代わりマークを支えていくことになる。


 T.レックスの1stはマークとミッキー(+トニー・ヴィスコンティ)で作られたが、バンド化を図るにあたってまずベーシストが迎えられた。スティーヴ・カーリーを加えた3人での演奏はやはり初期のBBCセッションや、ビート・クラブの映像などでも聴くことが出来る。

 カーリーは良くも悪くも普通の人だった。演奏はそこそこ手数が多くて微妙にテクニカルにも聞こえるけどまあ中の上、まで行くかな?って感じ。だけどメロディアスで印象的なラインを弾くので、結構曲のアクセントとして機能している。マークが細かいフレーズまでサジェスチョンしたとは思えないから、この辺はカーリーのセンスだろう。ビート・クラブでのJewel終盤のアドリブソロは特に印象的。ってか、アレで俺はカーリーのファンになった。

 スティーヴ・カーリーの中庸さはステージで活躍する。他のメンバーの不安定さを彼の堅実さが支える、ところまで行かない程度に下手なのがT.レックスのステージにおける醍醐味だ。マークはわが道を行き暴走気味、適応能力の無いリジェンドはあたふたとおいてきぼり寸前になりながら追いかける。勿論ミッキーは一切あてにもならないし役にも立たない。そんなバラバラのバンドを中庸で安定したベースプレイで繋ぎとめようとする……のだが、バンドの崩壊速度に彼の能力ではとてもじゃないけど追いつかず繋ぎとめきれない、そこがいい。そして、その崩壊寸前状態にこそT.レックスのグルーヴがある。

 そんな頼りないドラマーのビル・リジェンドはカーリーより少し遅れて雇われた。彼のドタバタして少し不安定なリズムと、つんのめり気味に入ってもたり気味に出ていくタム回しは特徴的で、マークが前、カーリーが真ん中、リジェンドが後ろにいるような状態で生まれるグルーヴが初期のT.レックスを印象付けていると言っても過言ではない。

 リジェンドの頼りないイメージは主にテレビ出演時、口パク演奏の場で発揮される。そもそもT.レックスのレコーディングはあまり曲を覚える暇も無いままマーク主導でガンガン進められ、ドラムなんかは後からこうしたかった、とか色々あったような証言もあるのだけど、そんな事情もあり、彼は恐らくレコーディングで自分が叩いたフレーズをちゃんと記憶してないんだろうね。その結果、自分のプレイに合わせて当て振りをする状況になると彼は困ってしまう。それでもキース・ムーンやジンジャー・ベイカーみたいに、合わせる気なんか全然無しで堂々と出鱈目動けばまだいいものの、半端に真面目なもんだから、不安そうな表情で、中途半端な腕の振りで、自身無さげにバックの音に着いていくしかない。その姿はひたすら情けなく、頼りない。

 リジェンドは(オリジナル)T.レックス唯一の生き残りだ。マークは言うまでも無く77年に事故死、初代パーカッションのトゥックも80年に「さくらんぼの種をのどに詰まらせて」死去、カーリーも81年にポルトガルで客死、ミッキーも肝臓病で03年に亡くなっており、14年現在「Legend=伝説」の名を持つ彼が唯一、当時の伝説を語れる立場にいる。

2014年11月19日水曜日

Robert Plant / Lullaby and... The Ceaseless Roar

 Led Zeppelinが再結成されない影の主犯はジミー・ペイジだった、という衝撃の事実。

 プラントのソロを聴いていると、その傾向がPage & Plant前後で分けられるのは意外に簡単に気付く。Page Plant名義での1stではKashmirで確立した世界を更に広げたようなサウンドが展開されていた。思えばZep時代にも、ペイジとプラントはボンベイへの旅行中にFour SticksやFriendsを現地ミュージシャンと再録していて、それは言わば「第一期Page & Plant」と呼べるのかも知れない。ともあれ、アルバムはアジアや中東、加えてケルトの香りも纏ったサウンドでほぼ統一されていた。

 しかし、Page & Plantがバンドとして活動を続けることになり、ツアーを行っていくうちに状況は変化を見せる。録音時のメンバーをフルでツアーには連れて行けないし、同作はZepのリアレンジが主体だったため、新曲はあまりない。そうすると、勢いツアーは「Zepの曲をエレクトリックサウンドで演奏する」という部分が強くなっていく。それは、「再結成ではない」という言い訳の説得力を凄い勢いで落としていった、

 かくして、Zep再結成に成り下がったPage & Plantだったが、ここで行った音楽的経験は大きな刺激となる。「これを活かして、新しい音楽を」と思ったに違いない。Unleddedに参加していたメンバーを軸にして新バンド、Strange Sensationを結成する。このバンドはエレクトロニクスと、トラディショナルなアコースティック楽器を共存させたグループとなり、メンバーが様々な楽器を操りながらまさにPage & Plantで中途半端にフェイドアウトした世界観を発展させていた。結局プラントはこのバンド名義(メンバーチェンジあり)でアルバムを2枚作る。

その後、Strange Sensationは一旦活動を停止し、パーシーはアリソン・クラウスとの活動や、何故か突然Band of Joy名義(再結成ではなく、完全な新バンド。Strange Sensationのメンバーは不参加)での活動を続けていたが、2012年以降はSensational Space Shifters名義で、ドラマーが代わったが事実上のStrange Sensation再結成(活動再開、と呼びたい)で活動を始めた。

 で、最新作が今年出たので買ったのだけど、大傑作。説得力がもう全然違う。そりゃあ、Zepの再結成もなかなか凄かったのだけど、あれは説得力というか余裕の余興で、全力で「俺の音楽」という感じはなかった。

 今回のキーマンの一人として、アフリカのガンビアという国から来たJuldeh Camaraがいる。現地の民族楽器である1弦のフィドル(Rittiという楽器らしい)のプレイヤーである彼はSSSのメンバー、Justin AdamsとJuJuというバンドもやっていて、その人脈での参加のようで、Adamsもまた、複数の民族楽器をプレイする。

 こういった民族音楽の要素を完全にバンド内に取り込んで、以前より更に強化したのと同時に、ベースのBilly Fullerがプログラミングも担当していて、エレクトロニックな響きもアルバムには多々登場する。だから、全体にはアコースティックなんだけどどこか冷徹な空気も流れる、柔らかいバラードでも何処か硬質な雰囲気のある、不思議な感触のサウンドになっている。なんだか、神話の時代と21世紀が同時に来たみたいだ。勿論、この傾向はStrange Sensation時代から持っていた物なんだけど、アルバムが出る度に深化している印象がある。「俺の音楽」が強く、深くなってるのだ。

 余談だけど、こういうサウンドの傾向はベックとか、ザ・バード&ザ・ビー(イナラ・ジョージのグループ)とか、ダーニ・ハリスンの音楽とかにも感じていた。でも、年の功か、プラントのが一番しっくり来るな。

 プラントはもうハイトーンでシャウトしたりしないし、むしろ抑えたトーンで、囁くようなシーンも多い。出ないから演らないんじゃないことはZep再結成で証明した。今の音楽にはそれは必要ない。ハードロックで叫ぶ所なんかとっくに卒業したのだ。いまだにソレを求める成長しないファンやペイジに関わってるヒマなんか無いのは凄く良く解る。

2014年11月17日月曜日

365日のシンプルライフ

 俺はコレクター気質だし、物欲の虜であって、部屋にモノが多いことではこの映画の主人公にも引けを取らないだろう。だからなんかの参考に……とか思ったわけでもなく、テーマ的に面白そうだったし、予告編で、冬の深夜、フィンランドの街中を全裸で走るシーン観たら笑っちゃって、あとはもう観るしかないじゃん?

 コレはドキュメンタリー、ではないのかな?登場人物はすべて実名で、監督であり主人公のペトリと、その家族、友人、恋人が本人の役で出演している。映像も、この「実験」を本当に記録したものに見えるシーンもあるし、映画のために演技して取ったものもあるように見える。恋人といるときのにやけ顔はリアルだし、彼女のことを聞かれてもいないのに友人に語って薄いリアクションをされるシーンなんかも、脚本としては書けるシーンじゃないように見える。逆に、演技ではないけど倉庫の内側から撮ったシーンなんかは映画用の追加撮影かな、と思ったり。何にしても、映画の多くの部分に彼自身が記録として撮影したものが使用されていることは間違いなく、俺はとりあえず、セミドキュメンタリーだと思って観た。

 主人公(脚本、監督でもある)が自らに課した「実験」には4つのルールがある。公式サイトでも見れば書いてあるけど、いちおう記しておこうか。

(1)持ち物をすべて倉庫に預ける
 本当に「すべて」だから全裸から始めるのが馬鹿馬鹿しくて良い。倉庫まで拾った新聞紙を使うのは、アリなのね。

(2)1日1個だけ持ち帰れる
 コレは補足が必要か。「1日に持ち帰れるのが1個」ではなくて、「365日で365個持ち帰れる」と言う方が正確だ。つまり、3日倉庫に行かなければ3日後に3個持ち帰れるのだ。だから彼は「机があったら椅子が必要になる」みたいな理由で複数のモノを持ち帰ったりも、する。だけど「前借り」は駄目なようで、例えば今日2個持ち帰って、明日行かないってのは不可、と言うコトのようだ。

(3)1年続ける
(4)1年間何も買わない
 持ち物になるようなモノは買わない。食料品や、新聞はアリのようだ。
  
 そういう生活してると、なんか「何も持っていない」って状態に意義を感じ始めるみたいで、50個持ち帰った時点で「もう何も要らない」って思ってしまったのが凄かった。でもその気持ちは少し解る。一週間一桁ツイートしかしてなくて、たまたまある日ちょっとしたリプしたのを切っ掛けに二桁超えちゃったときの悔しさ、とか……ちょっと違いますか。
 結局必需品はそのくらい、もう少しちゃんと生活するためのモノを足しても100番目くらいまでに揃っちゃうのね。だから55番目くらいから釣り道具とか、趣味のモノが顔を出し始める。面白いのは、パソコンは23番目に持ち帰ってるんだけど、携帯は82番目(パンフ裏面のリストより)。これは友人や家族等とのコミニュケイションに支障をきたしはじめた、って描写もあるんだけど、それでも3ヶ月近くどうにかなってるのは凄い。

 気になるのは、96,97番目と135〜163番目にレコードを持ち帰ってるんだけど、リスト見た限りタンテやオーディオを持ち帰ってる気配がない。インテリアとして持ってきたのかな?

 途中まである程度フィクション、と言うか、役者が出てると思っていたのでおばあちゃんが怪我をしてから老人ホームに入るって話になるまでの流れが切なかった。おばあちゃん、凄くいい人だし聡明だし可愛い。ペトリに色々アドバイスするんだけど、すべてが的確で、大切な話なんだよね。あとは冷蔵庫。ちゃんと伏線になって繋がってくるのが凄くて、まるでフィクションみたい。

 逆に「ああ、記録映像使ってるんだな」って思ったのは、彼女と正式につきあい出す前の映像には彼女の顔が一切映らないこと。気を使って撮影してるんだね。ラスト前に、二人で倉庫にやってくるシーンで遂に顔が出る。可愛い子捕まえたねえ。

 フィンランドでは、映画公開後彼の生活を真似してみたり、ある程度の期間モノを買わないことに挑戦する人が続出したようだ。俺もエンドロールに流れる365個のモノ(フィンランド語で書かれてるからなんだか解らないんだけど)のリストを見ながら、自分の生活を少し変革させるのも必要だろうなあ、と思っていた。確かにモノが多すぎる。少し整理しなくちゃな。

 この日は映画の割引がある日だったからもう一本見ることにしていて、次まで時間があったから横浜駅に戻ってフラフラした。そして、早速我慢できずに自転車のパーツやらCDやらレコードやら買い込んでる自分の姿が、そこにあった。